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東京高等裁判所 昭和46年(ラ)752号 決定

抗告人 高橋文代

相手方 学校法人東海大学

右代表者理事 松前重義

右代理人弁護士 小谷野三郎

同 中村巌

同 鳥越溥

同 中島喜久江

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は「原決定を取り消す。抗告人が相手方学校法人東海大学女子短期大学部専任助教授としての地位を有することを仮に定める。相手方は抗告人に対し昭和四五年七月以降毎月二五日限り金八万五〇〇〇円づつの金員を支払うべし。」との裁判を求め、相手方代理人は抗告棄却の裁判を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、抗告人が当審において、相手方が職員を解雇する際、教授会や賞罰委員会に付議することを要する旨の定めがなかったとしても、教授会は相手方の重要事項を審議する機関であり、抗告人の解雇は右重要事項に該当するにかかわらず、相手方は抗告人の解雇を教授会に付議することなく、抗告人を解雇したのであるから、手続上も違法であり、この点においても相手方の右解雇は権利の濫用であると陳述したほかは、原決定事実摘示と同一であるからこれを引用する(抗告人は原決定が相手方の抗弁として摘示した事項中原決定五枚目裏六行目「解雇問題ならびに」、同六枚目裏九行目「校内においても」の個所は相手方の主張にかかるものでなく、抗告人の再抗弁として摘示した事実中原決定一六丁裏七行目から八行目にかけて「被申請人代表者理事松前重義総長および小船井短期大学学長も知らぬうちに」とある部分も抗告人の主張にかかるものではないとするもののようであるが、前者は相手方提出の準備書面中記録第一冊一五七丁及び一五八丁中にはそれぞれその旨の記載があることが明らかであり、後者は抗告人提出の書面の全趣旨を通じてこれを主張したものと解しうるところであるから、その事実の有無は別として、いずれも主張のなかった事項を摘示したものであるとするのは失当である)。

当裁判所は当審における任意的口頭弁論においてした証拠調の結果及び爾余の書面審理による全資料を総合し検討した結果、抗告人の本件仮処分申請はこれを理由のないものと判断するものであって、その理由は次のとおり訂正付加するほかは、原決定の理由と同一であるからこれを引用する(但し原決定一九枚目表一行目「四月」とあるのを「一〇月」と、同裏四行目の「同大学部助手兼付属高等学校の教諭」とあるのを「同大学短期大学部助手兼付属高等学校教諭」と各訂正する)。

原決定一九枚目表六行目の次に「もっとも乙第一号証履歴書の記載によれば右③の「昭和二九年七月から昭和三〇年七月まで」とあるのは「昭和二九年七月から九月まで及び昭和三〇年七月から九月まで」と読むのが正しいが、これも右期間中たんに同大学(フィートン大学)附属病院ウエスト・サバーバン病院に「看護婦」として勤務したとするのは正確でない。」と加える。

原決定二〇枚目表末行及び二一枚目裏七行目に「カンニング(を行った)と断定し」とあるのを「当該学生に注意しもしくはその弁解をきくなどのことをすることなく、一方的にあたかもその学生が不正行為をしたかの如き処置をとり」と訂正する。

おおよそ短期大学は深く専門の学芸を教授研究し、実際生活に必要な能力を育成することをおもな目的とするものであって(学校教育法第六九条の二)、その教員たる助教授は、右の学芸を教授する者として、それにふさわしい相当高度の学芸上の教養と、学生の尊敬及び信頼を獲得できる人格、識見を兼備する者でなければならない立場にあることはいうをまたない。しかるに当審における証人池松政人の供述それに原審及び当審に現われた全資料をあわせると、抗告人はいまだ著書を出したり論文を発表する等の方法でこれを客観化して、その学問的業績を世に問うた実績がないのみならず、抗告人の自ら主張する研究成果もこれを認めるに足る疎明がなく、抗告人の相手方短期大学部においてする授業内容は総じて程度が低く、また学生及び同僚に対する態度が独善的かつしつようであるなど、その判断や行動に奇異なところがあって、学生からの人望に乏しく、学生は次第に離反し、そのため抗告人の担当課目を選択受講する学生は年度を重ねるに従い逐次減少する傾向にあって、使用者としての相手方の信頼と期待にこたえるに耐えず、むしろこれを破壊する事実があったことが疎明される。もっとも抗告人の服装の点についてはその独自の服装観があり、受験者全員に不可をつけ、その再試験をした方法については抗告人としてはこれによって学生に真摯な勉学とその実績とを期待したものであること、修学旅行先で面会を求めた父兄に対する態度は年頃の子女を預る者として一応慎重を期したものであること等抗告人に有利な事情も観取しえられないではないが、それも程度の問題であり、健全な社会通念にてらして、およそ私学(短大)の教員としてはその組織の中で当該大学の教育の理想と学校経営の必要から要求される最小限度のものがあり、抗告人の態度、性行、能力等がこれを逸脱していないとはいいえないものがある。また英語の授業は抗告人が講師として出講している相手方の商科短期大学のもので、その所属する女子短期大学助教授としてのものでないことはこれをうかがいうるが、それだからといってこれを抗告人の適格性の判断の一資料に加えることは不当ではない。従って相手方の抗告人に対する解雇は合理的根拠を有するものということができる。

次に相手方が抗告人に対する解雇について教授会を経由していないことは弁論の全趣旨からこれをうかがいうるところである。学校教育法第五九条は同法第六九条の二のいわゆる短期大学についてもその適用があるものと解すべきところ、右第五九条第一項によれば教授会は重要事項を審議する機関であることは明らかであるが、何が重要事項であるかは特に同法に明定するところがないから、法の趣旨に反しない限度でその運用は各大学(短大)の自治にまかせられているものと解せられる。しかして相手方が当審で提出した「懲戒規定」その他の疎明によっても、相手方が職員を解雇する際、教授会に付議することを要する旨の定めのあることはこれを認めえないところ、同法の趣旨にてらして少くとも教授の任免は重要な事項であることは明らかであるとしても、助教授以下の人事については相手方は必らずしも重要事項としていないものといわざるをえない。かように助教授の解雇を重要事項に該当しないとすることの当否は問題ではあるけれども、これをもって直ちに右自治の範囲を逸脱し、法の趣旨に背く違法のものとするのは相当でない。また賞罰委員会に付議しなかったとしても、本件はいわゆる懲戒解雇としての扱いをしたものでないのみならず、相手方に賞罰委員会なるものがあるか否、解雇の場合これに付議することを要するか否の点についてはこれをうかがうべき資料がないから、これをもって違法とするには足りない。

以上の諸点を考慮すれば本件解雇についてはこれを相当とする事由があり、その手続も直ちに違法としえない以上、相手方の抗告人に対する解雇は権利の濫用であるとまでは断定できない。

されば抗告人の本件仮処分申請は却下すべく、これと同旨の原決定は相当であり、その他記録を精査するも原決定には何ら違法の点はない。なお一言附加するに、本件はいうまでもなく仮処分事件である。従ってそこに要求される証拠は疎明で足り、一応その事実を認めうる程度のものであればよいわけであるが、その反面即時に取り調べうべき証拠に限定される。その点において当事者特に抗告人に、その立証活動に多大の制約があったことはこれを諒するにやぶさかではない。しかしこれは仮処分制度に由来するものであって、やむをえないものである。その制約を脱して立証(反証)を強力にすすめるには本案によるほかない。もとより本案において抗告人の主張が貫徹されるとは保しがたいが、仮処分による救済がえられなかったことをもって、直ちに裁判所がその国民に必要な保護を与えなかったと非難するのは当らない。よって本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 浅沼武 判事 加藤宏 田畑常彦)

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